013 バスルームで髪を切る100の方法
少し、照明がきつ過ぎた。
目が上手くないので擦ろうにも、俺の両手はぎざぎざと髪まみれでそれを得ない。
舌打ちをするとミロが振り返ってしまう。
せめてもの慰みに、一度、両目を強く瞑った。そうしてゆっくり、薄く、開ける。
ぎり、と金色が目に刺さる。これの髪と俺のバスルームの照明は相性があまり良くないのだ。
今の手順が一段落したら照明を落とす。そして、ブラインドを全開にしてやる。
日はまだ充分に高い筈だ。丁度昼に入ったのだから。
首を、と、正位置に戻す。
生を数えて20も経つ割りにこれの首はどうも座りがいまいちで、油断するとすぐに傾いでしまう。
前にも後ろにも右にも左にも斜めにも、傾いでは駄目になる。
本当は首から上、一切の筋肉を動かさないで欲しい。くしゃみも咳きも駄目だ。喋るなどもっての他だ。
希望はあるか、と、訊いたら、かっこいいフォルム、と、答えた。
美しいフォルムと一口に言っても多々種類があるのだろうが、これの顔立ちにはシンメトリーが最もよく似合う。
と、俺は思う。
首をのこのこ傾がれては、その度に、髪が揺れて流れてしまう。
どんどん短くなっていく。
揃えた、と思う度に、これの首はいつもどちらかに傾いでいるのだ。
裸の背に浮き出た骨が、軋んだ。
んん、とミロが唸る。無茶な体勢で身を伸ばしたので、軋んだのだ。
もうじき終わるから我慢しろ、と、俺は声を掛ける。
いつもなら頭の一つや二つ撫でてやるところなのだが、今はそうも出来ぬ。
俺もいい加減に膝が痛いのだ。風呂桶に座りっぱなしのお前も尻が痛いのだろうが。
衝撃が走った。
ほんの一瞬だった。
俺が、これの髪の一房を取り、構え、刃を入れた、その一瞬だった。
これでこのセクションは終わる、その一房だった。
つ、と房の先端が切れた。そのまま、俺の刃は地面と平行につつと進む筈だったのだ。
その時だった。事もあろうに、事もあろうにだ。もう疲れた、と、ミロが首を振ったのだ!
刃を離すも何も間に合わなかった。
ざっくりと斜めに切れた房が、ミロの背に落ちた。
俺はもうどうでもよくなった。
洗って、と、ミロが首を差し出す。
一人で洗え、と、俺は首を振る。
今日のシュラはついてない事があったらしいから、俺は気を遣って一人で風呂に入る、とミロが言った。
俺って優しいね、と言うから、ああ、お前は優しいな、と、返した。
俺、何もしてないよ、とミロは言う。
そうだ。お前は何もしていない。
俺が一人で傷ついただけだ。
大袈裟だが、心が死んだ気分だ。こんなところに性分の乖離を見るとは全く予想外だった。
シュラも優しいよ、と、やはりミロは言う。
今は優しくなれないから一人で洗え、と俺はシャンプーを押し付け、バスルームを出た。
手を洗いたい。
そして、思い切り、この疲れた両眼を擦りたい。
思い出して照明を落とすとミロが中で非難混じりの悲鳴を上げた。
ブラインド、と、ドア越しに叫ぶ。
この擦り硝子というやつは実際薄いのだろうが実質以上に隔たりを感じてしまう。
怒鳴らなくても聞こえたのだろうが、怒鳴ってしまったので仕方ない。
覗かれる! とミロが怒鳴り返してきたので
誰も覗かん! と返した。
どうして俺のバスルームに今、お前が居ると知っていて覗く輩が居るのだ。
お前を覗きたいのならば、お前の家で、お前のバスルームを張るだろう。
そこまで考えて根本的な倒錯にようやく気付いた。あれは本来、通俗覗かれる立場ではない。
俺はそんな自分に一種の諦観を感じながら、手を洗って、リビングに戻った。
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