飾り窓2
雨が止んだようだった。
窓を開け、身を乗り出す。湿気に混ざって土の匂いがした。
俺の隣でスンスン鼻歌を歌っていたミロは、空を見上げ、次に俺を見、スン、と一つ鼻を鳴らして、下に飛び降りた。
何がお気に召さなかったのだろうか。
俺はもう一度、外を見た。
空はまだ雲ばかりで薄暗かったし、とても秋らしい風が吹いているとも言えなかった。
そもそも、換気の為に開けたのだ。これでは寧ろ湿気が入ってしまう。






リビングの空気はどうも良くなかったので、踊り場に出た。
ここには長い階段があって、天井が高くて、
その高い位置に、縦長の窓がついている。
枠は凝った物であったし、第一とても高い位置にあったので(日暮れには長い長い影が、赤く、真下に伸び、
そのまま踊り場を横切る様が、俺はとても好きだった。河か、空中通路の様で)実用の有るものだとは思っていなかった。
しかし、これは開く。
出窓のようになっているから、その窓辺に腰掛けることが出来た。
20フィート位はあるのだろうか。石造りの階段が遠い。
道理でいつも暗いと思っていた筈だ。
光源が高過ぎて、満足に足りるだけの光が届いていないのだ。
此処は薄暗い分、余分な熱がなくて良かった。いつも冷たく澄んでいる。
近頃どうも上手くない俺の頭も、一緒に冷やしてくれると良い。
そう思って、此処に来た。




ミロはよく日の差すリビングが好きな様だったので、呼びはしなかった。
声だけ掛け、そうすると妙にむくれたので(よく判らないが、むくれた)
それ以上つつかず無視して、一人で此処に来た。
只、あれが咽喉を乾かすと良くないと思い、飲み物を出して、それから来た。
とにかくリビングは日が差す。
そして空気も良い水分を保っていないように感じた。
ぼんやりとしていて、それでいて甘く、濃いのだ。苦手な匂いだ。
自分のリビングに居心地の悪さを感じるのも妙な話なのだが、あそこは俺の好む空間ではない。俺はもっと、…もっと、
もっと…どう言って良いのか判らぬが…、
…畢竟、あの空気が無ければ、それで良いのかもしれぬ。


息が詰まる訳ではない。
吸うと、頭がどうにかなりそうなのだ。吐いた息が、俺の息でないように思うのだ。
ミロは平気にしている。
あれの唇は何にも頓着せず、あらゆるものに不意打ちをするから、案外、空気もその程度のものなのかも知れぬ。




暫く、階段でぼう、としていた。
石段に腰掛ていたので若干尻が痛かったが、別段気にした程でもない。
眼を閉じても暗いだけだ。
何も浮かばぬとは、これ程心地よいものなのか。
最近では夢にまでよくあれが出てきてどうしようもなく、
昨日とも一昨日とも一昨昨日ともその前とも変わらぬ笑みで、いっそ俺を苛むから、昼間と夕の境が虚ろになることもしばしばあった。
馬鹿馬鹿しいが、本当に馬鹿馬鹿しいが、あれに触れて、初めて昼と判る日すらあった。
夢のあれは実体を伴ったことがない。
曖昧な輪郭で、曖昧な輪郭の俺を苛む。
感覚のみで浮遊する俺を、どうしてか、生生しい指で、舌で、触れる。
しかしいつも、こちらから触れる事は出来ぬ。
…いつも、触れようとして、目を醒ますのだ。
やはり俺は魔物に憑かれている。嫌悪を感じぬのだ。こんな夢に。




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