夏が終わる
どうしたって、あれの性分はだらしないものであって、 私が今更何を言ったところで効いた例は無く、効く見込みも無く、 只、ノンベンダラリとだらけていて、終始だらけていて、 寧ろ終始ノンベンダラリで、いっそノンベンダラリと改名した方が無駄が無さそうで、 ふと、そこで私は代名詞の存在を思い出し、 あれの代名詞をノンベンダラリにしようと決めてみた矢先に、 ノンベンダラリは代名詞というより、あだ名と呼ぶに相応しい事に気付き、 あだ名にしては長いな、と思いとどまって、 結局、種々の思いをこめて、たったニ音にこめて、 今日も私はあれを呼んだ。
「ミロ」と。


ソファは別に赤い色でなくても良かった、と、あれは言った。
西の窓に置かなくたって良い、とも、言った。
しかしあれの部屋のカーテンは白かったので、 同色のソファは避けたいと言い出し(私は白が良かった)、
朝陽が掛からない場所に置きたいと言い出し(寝具にする気なのかと疑った)、
諸々の選択肢を消去した結果、赤いソファを西の窓際に置く事になった。
赤いソファの上で、あれはノンベンダラリと寝転がっている。


真夏に比べれば、いくらか、涼しくなったかもしれない。
それでも、私は、まだまだ軽い苛立ちを覚える。
何故、この部屋のソファは赤いのだろう、とか、 無駄に、軽く、腹を立てる。
あれは夏が好きだ。
それすら、私は腹立たしい。
私が嫌いなものを、あれが好んでいる、その齟齬が腹立たしい。


あれは返事をしない。
知っているのだ。私があれを呼ぶ時は、大抵、八つ当たりである。
用事があるのなら用事を言う。
小言なら、小言だけで充分だ。
この部屋には、私とあれの二人しかいない。
二音にわざわざ大層な意味を持たせる必要がない。


ノンベンダラリと部屋が赤く、沈む。
時間が音を立てずに、通り過ぎていく。
室温が少し、下がる。
あれのだらしない姿勢と、私の軽い苛々と、赤いソファと、白いカーテンが、 正体無く混ざり合っている。
私は夕と夜の境目を知りたくなった。


あれがのそのそと呟いた。
「夏が終わるよ」
そうだ。夏が終わる。お前の好きな夏が終わる。私の苛々も、少し、減る。
秋が来たら、きっと、私はあれの名を呼ばなくなる。
あれは今以上にだらしなく過ごすだろう。
被害者を装って、私を苛立たせ、無駄に名を呼ばせるに違いない。
あれは名を呼ばれるのが好きだ。
そして、私も、あれの名を呼ぶのは、嫌いではない。


あれが又、のそのそと呟く。
「海に行き損ねた」
私は、海は秋でも行けるだろう、と、思った。
が、あれの意図する海と、私の意図する海に若干のズレがある気がして、 又少し、そのズレに腹が立って、
「ミロ」
と、あれの名を呼んだ。


夏が終わる。
「今から行こうよ。何か飲み物持ってさ」
あれが笑った。
私は冷蔵庫を探る為にキッチンへと立った。






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