2004サマー没ネタ復活祭1(お盆企画)
やたら蝉が煩い。
見上げた坂の地平は本当に只の線に見えたのだが、 よく見ればそれはジリジリと滲んでいて輪郭というか線というか、 所謂、鉛筆で一本すらりと引けそうな線というものではない。
待て、境界。境界とは何だ。狭間と境界は違うではないか。まずはそれを考えなくてはならない。
私は額の汗を払った。前髪が邪魔だった。分けて留めてくれば良かった。
払って、落ちた。汗が落ちたのだ。冗談でない、と私は思い、足元に目を落とした。
脚は止めていない。短い影が私の足から向かって垂直に道にへばり付いている。これも不思議だ。
汗は私の体から離れて道に留まる。然しこの影という奴はどうしても私を離れようとしない。 その癖、道にも張り付いている。どちらかにすれば良いのだ。腹立たしい。
暑い。眩む。私は何を考えていたのだったか。頭を下げた拍子に忘れたではないか。
そうだ。境界だ。境界を探していたのだ。私は狭間が知りたいのだった。
例えば、空の青と、今、私が二本の脚でのろのろと登っているこの坂の…そうか、帽子を被らずに来たのが失敗だった。
似合う帽子が無かったので止めた。それが良くなかった。この長さだと何を被っても妙にしっくりこないのだ。
問題は私の髪か。切るか切るまいか悩んで、それが何時の事だったろう。
その日の私は風呂上りに鋏を持っていて、その時、髪を気にした。 栓抜きをなくした。それで王冠が開けられなかった。だから鋏を持っていたのだ。鋏で開けようとした。
鋏では開かず、しかも指を切った。悲しくなったのでそのまま放置して寝た。それはよく覚えている。翌日に鋏を探したからだ。
鋏か。違う。鋏はどうでも良いではないか。
暑い。髪を切りたい。シャツが背中にへばりつく。
この坂は、後、どれくらいで終わる。確かめようと顔を上げた。汗が目に入りそうで、眇める。



行く等と言わなければ良かった。
道は適当に舗装されている。
然し存外、適当で無いのは寧ろこの暑さであるから 道が舗装されているとか歩き易いとか、そういう人為的な工夫の以前に 私はいっそ眩暈でも起こして蹲ってしまいそうだった。
蹲れば舗装も何もあるまい。まず、この暑さを何とかして欲しい。
腹立ち紛れに舌打ちをしようにも口の中は渇き切っていて、それすら素直にいかない。
だから夏は嫌いなのだ。普段、上手に出来る物も出来ない。 過ぎた温度はそれだけで破壊を成す事を私は極めて良く知っている。
暑い。全てが私の勝手を阻む。
成る程、私は勝手だが、それを自分で知ってもいるが、私の勝手を超えて、夏はもっと勝手だ。 酷く傲慢に出来ている。形の一つも持たない癖に生意気を抜かすにも程があるではないか。
私はお前を、死んでも、好まん。誓っても良い。
お前が如何に魅力的な条件を突きつけたとて、必ずや、私の心はお前を拒み通して見せよう。
夏よ。それくらい、私はお前が嫌いだ。だから、お前も私を嫌ってしまえば良いのだ。
熱と湿度に姿を変えて(煩く鳴き喚く蝉もお前の化身であろう、きっと) 厭らしく纏わり付いていないで、さっさと御山の向こうに影を潜めれば良い。 若しくはもっと控え目に恥じらいを見せる位の芸を嗜め。
待てど暮らせど現れずの方がいっそ焦がれて良いではないか。閏の年に姿を見せる程度なら、きっと、私もお前をそれほど憎まない。



馬鹿な事を考えている。
道の端で一度立ち止まり、大きく息をついた。
まるで背中に圧力を掛けられているようだ。シャツまでもが私の言う事を聞かない。
肌から、もっと離れろ。気持ちが悪い。
足元から地面に沈んで行く錯覚が起こる。足の裏がどうもはっきりしていない。
熱で全ての境界線が滲んでいる。溶けているのかも判らない。
私の頭も薄らボンヤリとしている。皺までも溶けるというのか。空恐ろしい話だ。
このまま只、只管歩いているだけでは目的すら忘れてしまいそうだ。




ここであまりの締まりなさに呆れて放置
昨年の夏は暑すぎて(只でさえ数少ない)脳細胞がちょっと煮えた






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